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名古屋高等裁判所 平成7年(ネ)819号 判決

岐阜県益田郡下呂町東上田一八八六番地

控訴人

合資会社下呂膏社

右代表者無限責任社員

吉田正弘

右訴訟代理人弁護士

名倉卓二

植村元雄

右両名輔佐人弁理士

後藤憲秋

吉田吏規夫

名古屋市名東区平和が丘二丁目一二六番地

被控訴人

愛知奥田家下呂膏販売株式会社

右代表者代表取締役

加藤鈞

岐阜県益田郡下呂町東上田四一七番地

被控訴人

株式会社奥田又右衛門膏本舗

右代表者代表取締役

伊東誠

岐阜県益田郡下呂町森二八番地

被控訴人

奥田家下呂膏販売株式会社

右代表者代表取締役

伊東千代子

右三名訴訟代理人弁護士

小坂重吉

山﨑克之

田中俊夫

町田正裕

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、原判決別紙第一目録記載の各商標を付した膏薬を製造若しくは販売し、又はその包装若しくは広告に前記標章を使用してはならない。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決を求めた。

二  被控訴人ら

控訴棄却の判決を求めた。

第二  本件事案の概要

一  本件は、控訴人が、被控訴人らに対し、被控訴人らが製造販売している膏薬に付するとともに、その包装及び広告に使用している原判決別紙第一目録記載の各標章(以下、これらを総称して「イ号各標章」といい、また、個別に同第一目録記載の標章(一)を「イ号標章(一)」のようにいう。)は、控訴人の有する商標権(出願日昭和四五年一二月一一日、登録日平成元年三月二七日、登録番号二一二七八八九号、指定商品膏薬とする原判決別紙第二目録記載の商標(以下「本件登録商標」という。)に類似する旨主張して、本件登録商標の商標権に基づき、被控訴人らによるイ号各標章を付した膏薬の製造及び販売並びにその包装及び広告におけるイ号各標章の使用の差止めを求めた事案である。

被控訴人らは、抗弁として、〈1〉被控訴人株式会社奥田又衛門膏本舗(以下「被控訴人本舗」という。)の有する商標権(出願日昭和五五年一月二八日、登録日昭和五九年一〇月三一日、登録番号一七二七一一六号、指定商品膏薬とする原判決別紙第三目録記載の商標(以下「被控訴人登録商標」という。)の使用であること、〈2〉被控訴人本舗がイ号各標章について先使用権を有していること、〈3〉控訴人の本件請求が権利の濫用に当たり許されないこと、を主張した。

原審は、抗弁〈1〉については、イ号標章(四)についてのみ、被控訴人登録商標の使用であるとの主張を認め、抗弁〈2〉の先使用権の主張は排斥し、抗弁〈3〉の権利濫用の主張を認めて、結局、控訴人の各請求を棄却した。

二  当事者の主張等

本件における当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由欄の第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

1 イ号標章(四)について

原審が、被控訴人らによるイ号標章(四)の使用を被控訴人登録商標の使用である旨認定した点には、以下のとおり、事実認定及び法律解釈の誤りがある。

(一) イ号標章(四)とともにその上に組み合わせた形で使用されている別紙(二)記載の図形(以下「イ号図形」という。)は、円に内接する三角形の中に一羽の鳥を配した円形の図形で、かつ右三角形の右上の円内に「下呂」、同左上の円内に「東上田」、同下の円内に、「奥田家」の各文字が記載されているものであるが、被控訴人登録商標中の図形(以下「被控訴人図形」という。)には、右のような各文字は全く存在しないのであるから、両者はその構成が明らかに相違し、イ号標章(四)とイ号図形を組み合わせた別紙(一)記載の標章は、被控訴人登録商標と同一ではない。したがって、被控訴人らのイ号標章(四)の使用は、被控訴人登録商標の専有権を逸脱し、被控訴人登録商標の使用とはいえないものである。

(二) 被控訴人登録商標には、明らかな無効事由があるのであるから、イ号標章(四)の使用は、そもそも適法な商標権の行使とはならない。

すなわち、控訴人は、出願日昭和三二年五月三〇日、登録日昭和三三年五月二七日、登録番号五二一一〇三号、指定商品膏薬とする原判決別紙第四目録記載の商標(以下「本件引用商標」という。)の商標権を有しているものであるところ、被控訴人登録商標は、本件引用商標に類似しており、その商標登録に係る指定商品と同一の商品に使用するものであるから、商標法第四条一項一一号に該当する無効事由のあるものである。

2 権利濫用について

原審の、控訴人の本件請求が権利濫用に該当するとの判断は、以下のとおり前提の判断に誤りがあって、その結果の権利濫用に当たるとの判断も誤りである。

(一) 原審は、商標法四条一項一〇号の無効事由の存否の基準時を出願時とした上、本件登録商標には無効事由が存在すると判断している。しかし、以下のとおり、本件商標には無効事由は存在しない。

すなわち、商標に商標法四条一項一〇号に該当する無効事由があるか否かは、登録時をも基準として判断しなければならないことは、商標法の規定により明らかであるところ、〈1〉登録時においては、六代目又右衛門の死後一六年を経過していること、〈2〉控訴人は、昭和四八年八月二九日に自ら厚生大臣の製造許可を受け、登録時までの一五年にわたって下呂膏の製造販売を行ってきたこと、〈3〉控訴人の当該商標の自らのための使用が出願時から登録時までの一六年にわたるものであり、他方、右の事情よりすれば、登録時には、六代目又右衛門の業務に係る周知商標が存在することは有り得ないのであるから、登録時には商標法四条一項一〇号に該当する無効事由は存在しない。

(二) 原審は、六代目又右衛門が自らの診療所において、自らの製造販売に係るものとして下呂膏を販売していたと認定しているが、六代目又右衛門は治療行為として膏薬を出していたものに過ぎず、下呂膏の標章を付した商品を販売していたと見るべきではないから、右認定は誤りである。

(三) また、原審は、本件商標を含む下呂膏の標章は、六代目又右衛門の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間において認識されていた旨認定しているが、需要者の認識を考慮せず、六代目又右衛門及び新蔵に関わる個人的な事情並びに主観的意識のみを基準として判断した結果、需要者の認識による商品主体の判断を誤ったものである。需要者は、原審の挙げるような事情、つまり、誰の名義で製造許可を受けているか、名付け親が誰か、マークの由来がどうなのか、下呂膏社の代表者が誰であるかについては全く関知しない。下呂膏の商品表示主体が誰であるかは、需要者の認識を基準として客観的な要素でもって判断しなければならない。

これを、薬袋について見ると、表側の一定の位置に下呂膏社の表示があったことから、需要者においては、下呂膏社を商品の出所表示主体と認識するのが当然であって、裏面の小さな文字による奥田又右衛門の表示によって商品の出所を示す表示であるとの認識は生ぜず、せいぜい需要者に対して、奥田又右衛門が下呂膏あるいは下呂膏社と密接な関係があることを認識せしめるにすぎない。原審の判断は、薬袋の表側の持つ意味を看過し、裏側の記載に拘泥して判断を誤ったものである。

(四) 原審は、権利濫用を認める一要素として、控訴人が、六代目又右衛門に無断で、密かに、本件登録商標の出願をしたことを挙げているが、事業経営を行っている控訴人が下呂膏の商品を管理するという事業者としての必要性のために出願をしたものであり、これをもって不当とするかのごとき原審の判断は誤りである。

(五) 仮に、六代目又右衛門が周知標章「下呂膏」の主体であったとしても、本件登録商標には、不登録事由が存在せず、有効な商標であるから、その差止め請求権の行使が周知標章の主体であった六代目又右衛門に対して許されないとするのであればともかく、六代目又右衛門とは関係のない被控訴人らに対する差止め請求権の行使が禁止されるいわれはないから、権利濫用は否定すべきである。

(被控訴人の主張)

1 イ号標章(四)について

イ号標章(四)についての控訴人の主張は争う。

2 権利濫用について

控訴人の権利濫用についての主張を争う。

第三  証拠関係

原審及び当審の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり、控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほか、原判決の事実及び理由欄の第四に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  イ号標章(四)について

控訴人は、被控訴人らによるイ号標章(四)の使用は、被控訴人登録商標の使用ということができると判断した原審判断は誤りである旨主張する。

1  まず、控訴人は、イ号標章(四)とともにその上に組み合わせた形で使用されているイ号図形は、円に内接する三角形の中に一羽の鳥を配した円形の図形で、右三角形の右上の円内に「下呂」、同左上の円内に「東上田」、同下の円内に、「奥田家」の各文字が記載されているのに対し、被控訴人図形には右のような各文字は全く存在せず、両者はその構成が明らかに相違しているのであるから、イ号標章(四)とイ号図形を組み合わせた別紙(一)記載の標章は、被控訴人登録商標と同一とはいえず、その使用は、被控訴人らの専有権を逸脱しているのであって、そうだとすれば、イ号標章(四)の使用は被控訴人登録商標の使用には該当しないというべきである旨主張する。

しかしながら、別紙(一)記載の標章中に使用されている控訴人主張の各文字は、標章全体の大きさに比して細かな文字となっていて、全体の印象に影響を与えるほどのものとは認め難く、他方、右標章と被控訴人登録標章との同一性は、一見しての印象上明らかであるから、別紙(一)記載の標章の使用は被控訴人登録商標の使用に該当すると認めるのが相当である(なお、イ号図形は、別紙(三)の被控訴人本舗の登録番号一二一三三六九号の登録商標とほぼ同一のものでもある。)。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

2  また、控訴人は、被控訴人登録商標には、明らかな無効事由があるから、被控訴人登録商標に基づく使用をいうイ号標章(四)の使用は、そもそも適法な商標権の行使とはならない旨主張する。しかしながら、被控訴人登録商標に明らかな無効事由があるとの事実を認めるに足りる証拠はない上、被控訴人登録商標が審判手続において無効とされた事実もないのであるから、控訴人の右主張は採用できない。

二  権利濫用についての判断について

控訴人は、原審が、本件請求が権利濫用であると判断した点について、原審の判断が誤りである旨縷々主張するのて、以下検討する。

1  控訴人は、原審が、本件商標に無効原因があることを前提として判断をしていると非難するが、原審は、「本件登録商標の出願時において、本件標章は、六代目又右衛門によって使用され、かつ、その業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたのであるから、商標法四条一項一〇号の事由があり、控訴人は、本件登録商標について登録を受けることができなかったものである。」としているだけであって、商標法四条一項一〇号の事由につき出願時を基準として、本件登録商標に無効事由があると判断しているものではないことは明らかであり、また、原審の「控訴人代表者は、本件標章について商標法四条一項一〇号の事由に該当する事実が存することを知っていた」旨の判断は、商標法四条一項一〇号に該当する事由の存否を判断したものではなく、控訴人代表者が本件登録商標について登録の出願をした当時、商標法四条一項一〇号の事由に該当する事実が存することを知っていたことをいうのみであって、控訴人主張のような判断をしているわけではないから、控訴人の右主張は採用できない。

2  また、控訴人は、原審が、六代目又右衛門が、自らの診療所において、自らの製造販売に係るものとして下呂膏を販売していたと認定しているのが誤りである旨主張するが、原審挙示の証拠関係から、六代目又右衛門が診療所において、自らの製造販売に係るものとして下呂膏を販売していたと認められることは原審認定のとおりであるから、控訴人の右主張は採用できない。

3  さらに、控訴人は、下呂膏の標章は六代目又右衛門の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間において認識されていた旨の原審認定が誤りである旨主張するが、右認定の事実が原審挙示の証拠関係から認められることは原審認定のとおりであり、原審が、需要者の認識を考慮せず、六代目又右衛門及び新蔵に関わる個人的な事情並びに主観的意識のみを基準として判断した結果、需要者の認識による商品主体の判断を誤ったものではないことも明らかであるから、控訴人の右主張は採用できない。

4  控訴人は、原審が、権利濫用を認める一要素として、控訴人が、六代目又右衛門に無断で、密かに、本件登録商標の出願をしたことを挙げていることを論難するが、仮に、事業経営を行っている控訴人が下呂膏の商品を管理するという事業者としての必要性のために出願をしたものであるとしても、右の六代目又右衛門に無断で密かに本件登録商標の出願をなしたことには変わりがないのであるから、これをもって原審の判断の誤りをいうことはできない。

5  控訴人は、仮に、六代目又右衛門が周知標章「下呂膏」の主体であったとしても、本件登録商標には、不登録事由が存在せず、有効な商標であるから、その禁止権の行使が周知標章の主体であった六代目又右衛門に対して許されないとするのであればともかく、六代目又右衛門とは関係のない被控訴人らに対する禁止権の行使が禁止されるいわれはないから、権利濫用は否定すべきである旨主張するが、原審認定の六代目又右衛門と七代目又右衛門との関係、七代目又右衛門と被控訴人らとの関係に照らして、被控訴人らとの関係においても控訴人の本件請求は権利の濫用として許されないものというべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。

以上の他、控訴人が原審の控訴人の本件請求が権利の濫用に当たるとした判断を縷々非難する点について、控訴人の主張に鑑み検討してみても、いずれもこれを採用できず、控訴人の本件請求を権利の濫用に該当して許されないとする原審の判断に誤りは認められないから、本件請求は権利の濫用に当たるものではないとの控訴人の主張は採用できない。

第五  結論

よって、控訴人の本件請求を棄却した原審の判断は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺剛男 裁判官 菅英昇 裁判官 矢澤敬幸)

別紙(一)

〈省略〉

別紙(二)

〈省略〉

別紙(三)

〈省略〉

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